99年度卒業式の「日の丸・君が代」


根津 公子(前八王子市立石川中学校教諭)


 3月17日、卒業式前日


 3校時、体育館に全校生徒が集まった。前に3年生、1・2年生は後列。
 校長は「当日混乱がないように話しておきます」と言い、「日の丸・君が代」のやり方について職員会議で言ったのと同じことを言った。「君が代」については、「歌える人は歌ってほしい」とまで付け加えた。
 続けて、「日の丸・君が代には反対の声があるのも事実。日の丸は戦争に結びつく。日本がやってはいけない戦争をした。いやな気持ちを持った人がいるのは確か。君が代は天皇制。でも、法律で国旗・国歌に決まった。それは大勢の人が支持している証拠。日の丸・君が代には長い歴史がある。君が代は今古和歌集で‥‥(云々)。戦争のことは長い歴史の中のわずかな出来事でしかない」と、校長は続けた。
 校長の話が終わると、3年生が3人続けて発言した。

生徒 国立の学校ではないのになぜ、国歌をやるのですか。なんで、国歌(天皇の歌の)君が代なのか。


校長 公立学校は国歌をやるのです。


生徒 私たちの卒業式であって、国家の卒業式ではない。だから、私たちが「日の丸・君が代」を必要ないと思えば、やる必要はない。


(賛同する声とともに大きな拍手が起こった)


校長 義務教育の義務は、国民の義務として憲法で定められている。税金で学校が運営されているのだから、君たちは守らなければならない。日本の国民として、日本の国を支えてほしいということ。


(「絶対にメチャメチャにしてやる」という声が聞こえてきた)


生徒 強制してまでやって何の意味があるのですか、ないと思います。


校長 歌わない自由も歌う自由も認める。


(1年生の席で手が挙がった。3年生たち、後を向いた)


生徒 法律、法律って校長先生は言いますが、法律に関係しないで校長先生自身は日の丸・君が代についてどう考えているのですか。


(3年生から、歓声や拍手が起こった。あとで3年生の一人が言うに、「1年生が言ってくれる。誰だろうと聞いていたら、〇〇ちゃんだった。すっごくうれしかった。また、すごいと思った」)


校長 法律で決まっているからやります。

 続け様に出ていた質問・意見がこの後すぐに出なかったので、司会をしていた教頭は「まだ質問・意見のある人は、校長室に来てください」と言って、閉会にした。

 3校時が終わるとこの日はすぐに放課。3年生が数人、校長室に入っていった。その後やってきた生徒も加わって(10人くらいか)、交渉をしていた。校長室から出てきた生徒に私は聞かれた。「職員会議のことを質問したら、校長先生は『ごく少数、反対する人がいるが、ほとんどの先生は私に賛成です』と言ったけど、本当?」。私は、「事実を話したいけれど、職員会議のことを話すなと校長から職務命令が出ているので話せない。でも、校長の言ったことは嘘だということだけ伝えておくね」と答えた。その生徒はまた、校長室に入っていった。


 私はこの時、2年生と装飾の仕事をしていたので、廊下を頻繁に行き来していた。ちょうど職員室にさしかかったところで、同僚の一人から、教頭が模造紙を抱えて職員室を出た、ということを聞いた。校長が「国歌斉唱」と書いた「式次第」を、貼りに行くのだと直感し、先回りして、体育館で教頭を待った。近くにいて聞こえた生徒3人がついてきた。私たち2人は、「職員会議では『式の流れ』は生徒の実行委員会がする、と決まっていたのに、なぜ、校長が書くのか。」と詰めた。教頭は「3年の担当の先生から、式次第は校長の方でやってほしい」と話があったので校長先生が書いた。」と言い、「貼らせてください」「貼らせてください」ばかりを繰り返す。しかし、教頭は15分くらいで諦めて職員室に戻り、校長に「貼れなくて申し訳ありません」と謝っていた。


 3年生の卒業式の担当者に、教頭の発言を確かめた。「生徒たちに『国歌斉唱』と書かせるように話があった。子どもたちが原案どおりの『式の流れ』を作っても校長がそれを貼らせなかったら、作った子どもたちが傷つくと思って、仕事を返上したんです。」と言う。


 「子どもたちが傷つくという気持ちは解るけれど、その配慮はよくないと思う。子どもたちが書きたくないというなら別だけれど、書くというなら、職員会議の決定どおり、子どもたちに任せるべきと思う。それで、校長が貼らないと言えば、それを子どもたちに明らかにして、みんなで考えるのが筋じゃない。現実を子どもたちに見せないようにするってのは、子どもに失礼だし、教育的でないと思う。現実を見せていこうよ。」私がそう言うと、彼は頷いてくれた。傍らにいた3人の生徒は、「じゃあ、私たち、書いていいのね」「私たちだけで書いて貼っても、みんなの気持ちを表したものにはならない。今日、私たちがつくる『式の流れ』と、校長先生が作ったものとどっちがいいか、今日の説明をして、明日の朝、各クラスで聞こうよ。貼るのはそれから」。そう言って作業に入った。この時、すでに5時を回っていた。
 一人は『式の流れ』を色マジックをたくさん使ってカラフルに書く。もう一人は明朝の説明に使うプリントを作っている。あとの一人は模造紙に何やら書いている。受付の玄関に貼るのだという。7時、終了。

 卒業式当日


 在校生入場時点で、「日の丸」はなかった。在校生や保護者が入場しているどさくさの中で、気がつけば、教頭が「日の丸」を設置していた。私は教頭のところへ行き、外せと迫ったが、それ止まり。そこへ昨日の3人が、自分たちが作った『式の流れ』を持って意気揚々と走ってきた。「みんなの賛成があったよ−」。貼り終わり、「日の丸」を批判する一言を言って、校舎に走っていった。


 登校が8時30分。それから15分のなかでよくやったものだと思った。
 式が始まった。司会が「校歌斉唱。皆さん、ご起立ください」と言うと、教頭が小さな声で「国歌」なんとか、と言い、テ−プで流し始めた。たぶん、みんな、あっと思っているうちに、一人の生徒が「おれたち、こんなこと望んでなんかいねえ。やめろ」というようなことを叫んだ。たちまち、大きな拍手。拍手が止んで、本当に一瞬の静止。直後、バタッと一人が座る。バタッ、バタッ。240人中10数人を残して3年生は着席してしまった。2年生にも何人かでそうした生徒がいたそうだ。
 「君が代」が終わり、校歌の指揮者が出てくると、卒業生は口々に何か言いながら、式に戻っていった。
 その後は『式の流れ』にそって進んだが、「証書授与」の時に、校長にお辞儀をすることを拒否した生徒が数人はいた。

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