「不当解雇」22年間抗議 田中さん来高し熱唱
解雇された会社の門前で22年間ほぼ毎朝、抗議を続けている人がいる。東京都八王子市のシンガー・ソングライター、田中哲朗さん(55)。12日には高知市で行われた「国鉄闘争を支える高知の会」総会に参加し、「人らしく生きよう」と熱唱した。会社の言いなりになることが正しく、盾突いた者は仲間外れにされる――。そんな自らの体験と、人間らしい職場実現への思いを込めて。
田中さんは山口県の宇部高専を卒業した昭和44年、東京に本社を置く電気機器メーカーに入社。八王子工場の設計部門に勤め始める。マンドリンサークルに打ち込む、「組合活動に熱心というわけでもない普通のサラリーマン」だった。
53年。社は社員の1割・1350人の首切りを断行し、争議に発展する。
会社側は組合支持者を監視するカメラを設置。支持者は職場で無視されるなど、いじめが横行し始めた。中には「○○さんとは一緒に酒を飲みたくない」という署名を集められた人すらいる。
「人として許せない行為だ」。田中さんは社の労務管理の在り方を批判し、「社に盾突いた報復人事で」(田中さん)遠隔地への転勤命令が下る。それを断ると、今度は就業規則違反で解雇された。56年の6月29日だった。
翌日から田中さんは工場の門前に立ち、抗議を始めた。
「演説ではなかなか相手に伝わらない。じゃあ歌かな、と」。6、7年たって初めてギターをかき鳴らしながら歌ったのが、友人が作ってくれた「一枚のビラ」という曲。リアルすぎて歌いながら胸が苦しくなった。
受け取ってほしい、差し出す差し出す、一枚のビラ
忘れはしない、忘れはしない、ほほ笑みながらさしのべた友の手
(略)
忘れはしない、忘れはしない、知らぬ顔して行きすぎた友の背
(「一枚のビラ」より)
「解雇は不当」と法廷でも争ったが、平成7年に最高裁で敗訴が確定。それでも午前8時から30分間、今も門前で自作の曲を歌い続けている。
「『いじめられるより、いじめる側にいた方がまし』という会社や人々の考え方は変わっていないと思います。それが改まるまで、やめません」と田中さん。
高知市のコンサートでは11曲を披露した。
きれいごとでは生きてはゆけないといじめる側にまわったあなた
会社のなかにあなたのこころの友はいますか
おれにはかかわりのないことだとみてみぬふりをしているあなた
会社の中のあなたを子どもに見せることができますか
(「人らしく」より)
長引く不況。横行するリストラ。急増する過労死。働く者にとって厳しい時代、高知労働局や県内の労働組合には「ある朝、出社したら机がなかった」「年休も取れない」「最低賃金以下で働かされている」といった相談が後を絶たない。
田中さんは言う。
「労働基準法が改正され、『(解雇権が)乱用された場合は解雇を無効とする』という一文を入れるようです。でも…法が変わっても、基本的な状況は変わらないんじゃないかな」
出社する人波のほとんどは田中さんを無視して工場に入っていく。それでも田中さんは「あいさつしてくれたり、分かってくれる人もいます。これからも訴えたい」と、門前で歌い続ける。
【写真】「いじめや差別のない職場に」。そんな願いを込めて歌う田中さん(高知市の高知グリーン会館) |