「踏み絵に使われたラジオ体操」/田中哲朗さん
号令に合わせて集団で一斉に同じ動きをするラジオ体操を、健康づくりとは異なる視点で見ている人もいる。「会社はラジオ体操を踏み絵に使った」。東京都八王子市の田中哲朗さん(60)は、かつて勤務した同市の沖電気工業八王子事業所の前で二十七年前を振り返った。
福岡県水巻町生まれ。宇部高専(山口県宇部市)を卒業後、一九六九年に入社。デジタル時計に組み込むLSI設計などを担当した。七八年に事業所であった1350名の指名解雇撤回闘争が激しくなったころ、会社は始業十分前のラジオ体操を突然始めた。
役管職が「体操で会社に協力する意思を示そうと参加を呼び掛け、参加しない者には陰湿ないじめが行われた」という。指名解雇撤回闘争を支援していた田中さんは「始業前のラジオ体操に参加するのは会社に服従する意思を示す踏み絵だ」と、上司の説得に応じず、約二百人が勤務する広いフロアで、自分の机に座ったまま不参加を貫いた。
いじめをやめさせることを訴えて組合役員選挙にも立候補し落選した。
営業への配置転換命令を拒んで八一年六月に解雇された。翌日からギターを持って事業所の正門前へ。以来二十七年間、抗議の思いをつづった歌を出勤する社員に向けて歌い続ける。解雇無効を訴えた裁判は既に敗訴が確定。今年、還暦を迎えた。職場復帰の望みは既にないが、今も、事業所の内外から、さまざまな職場内差別やいじめの相談が寄せられるという。
「踏み絵を踏むと、心が破壊され、強いものの言いなりになる。私はラジオ体操をしなかったことで鍛えられた」と田中さんは言う。
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