東京新聞 2006年6月30日朝刊 
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総会『集中日』…ある風景

株主総会集中日の二十九日、全国各地の約千五百社で経営陣による株主への営業報告が行われた。そんな中、特報部「異端シリーズ」で今年元日に登場した「シンガーソングファイター」がかつての勤務会社へ株主として乗り込んだ。「株主を企業統治の主役に位置付ける」新会社法が施行されたが“異端の物言う株主”がみる株主総会の実態とは。

■開会から80分『退場』に混乱

 「退場してください!」

 二十九日、都内で開かれた大手通信機器メーカーの株主総会。午前十時に始まった総会では、営業報告や定款変更、役員人事の選任などの議事がスムーズに進んでいた。しかし開会から一時間二十分ほど経過したとき、議長役を務める社長が発したこの一声で総会は大混乱に陥った。

 退場を命じられたのは田中哲朗さん(58)。田中さんはもともとこの会社のエンジニアだった。同社は一九七八年に千三百五十人という大量解雇を実施。田中さんは被解雇者を支援する活動を続け、畑違いの営業部門への配転を拒否したため、八一年に解雇された。クビになった翌日から、かつての職場の門前でギターを片手に職場復帰を求め歌い続けている。

 田中さんは八七年以来、株主総会に自分で株を買って株主として出席し、会社首脳陣に経営姿勢をただしている。同社にとって田中さんは煙たくて仕方ない“物言う株主”のようだ。

 この日、出席した株主によると、約二百五十人収容の決して広くはない会場内には、三十人以上の警備員が投入され、「開会前から物々しい雰囲気が漂っていた」。
人数は明らかではないが、私服警官も動員されていた。社長は総会の質疑の中で「株主の安全と総会運営の円滑化のために」警視庁に警備を依頼したことを認めたという。

 混乱の発端は、田中さんの質問だった。

 前出の株主は言う。

 「田中さんは職場でのいじめや差別に対し、会社がどう対応しているのか、会社が公共工事の受注に絡み、

ほかの通信機器メーカーと談合

を行ったのではないかという二点について社長の見解をただした。いずれも社長は『株主総会の目的に関係ない事項なので、回答は差し控えたい』と答弁した。田中さんが『質問に答えていない』と再答弁を要求するのに構わず、社長が議事を進めようとした」

 田中さんは自ら会場に持ち込んだ拡声器で「きちんと答えなさい」と食い下がったという。社長は「議事運営を妨げるなら、退場してもらいます」と再三警告したが、発言をやめない田中さんに、ついに退場を命じたという。

■排除をめぐりきょう判決へ

 現場を間近で目撃した別の株主の証言は生々しい。

 「警備員が数人がかりで取り押さえようとするのに対し、田中さんは床に転がり込んで必死に抵抗していた。会場には『痛い! 暴力はやめろ』という田中さんの叫ぶ声が響いた。一方で、社員株主と思われる会社寄りの株主からは『早く排除しろ』『議事進行!』というやじが飛んでいた。もみ合いの末、田中さんは両手両足を抱えられ、会場外に連れ出された」

 退場劇後、間もなく、別の株主から質疑を打ち切り、議案をすぐに採決するよう動議が出され、「『民主的な運営をしろ』という怒号が飛び交う中、あっという間に総会は終わってしまった」。

 田中さんが株主総会から排除されたのは、これで五回目。二〇〇二年に退場させられたケースでは、株主の権利が侵害されたとして、会社などを相手取り損害賠償請求訴訟を起こしている。判決はきょう三十日、東京地裁八王子支部で出る予定だ。

 社屋の外に出てきた田中さんは、実力排除された怒りに震えていた。

 「株主総会は変わったと言われるが、この会社の総会は商法で義務づけられているから仕方なくやっているだけだ。経営陣は早く終わらせることしか考えていない」

■欧米では徹底討論する土壌

 今年五月から施行された新会社法は経営者の株主総会での説明義務強化などが盛り込まれたが、田中さんのようなケースはやはりあくまで“異端”の扱いなのだろうか。経済誌「フィナンシャル ジャパン」の元編集長だった岡本呻也氏は、田中さんのケースを「議長には議事進行を妨害する者を排除する権利があり、仕方がないかもしれない」との見方を示す。

 「昔は株主が発言すること自体が問題で、その対策で会社側が総会屋を雇ったぐらい。ずいぶん健全化されてきたとはいえ、総会は一年で唯一、社長がしかられる日なんだから、必死で防衛策を考えますよ」

 一方、新会社法施行を前に、株主総会で議長になる上場企業の社長向けに「対策セミナー」の講師を務め、「株主対策実務ハンドブック」などの編著がある中村直人弁護士は「欧米の株主総会は、飲み食いしながら一日中でも議論している」と海外では、異論のある株主の場合でも、徹底的に話し合う土壌があることを強調する。

 その上で「そうはいっても、日本もここ五、六年の間に急速に閉鎖性が薄れてきた。欧米流とまではいかないまでも、普通の株主が普通に発言するようになってきた。総会屋も逮捕されたりして絶滅したのではないか」と株主総会の変化を解説する。

 そもそも株主総会の集中日は総会屋対策の一環として生まれたとされる。一時は全上場企業の93%が一日に集中したが、最近は50%台に下がった。

■『投資家保護』新たな制度を

 コーポレートガバナンス(企業統治)に詳しい慶応義塾大学の小幡績(せき)助教授(経営学)は株主総会を象徴として「新旧二つの体質の企業に分かれてきたのではないか」と分析する。

 「財閥系金融機関の株主総会をのぞいたが、金融商品を売りつけられたような株主が社長にからんでいた。こういう会社の株主は意識が古い」と指摘しながら、食品会社カゴメの株主総会を挙げ「株主に会社のファンになってもらおうと以前から商品の提供などの工夫をしている。こうしておけば、広くいえば敵対的買収の防衛になるし、株価も下がりづらい。マーケティングのような総会だ。個人株主が増えて総会出席者が増えれば企業の意識も変わっていくのでは」。

 小幡氏は新会社法が必ずしも「個人株主」に味方せず、逆行している面もあることを指摘する。

 「今年の株主総会では、定款変更を議題に組み入れるケースが目立った。定款で取締役会に多くの権限を委ねるよう決めてしまうこともできる。個人投資家保護の哲学を持つ新たな制度が必要だ」

 毎年、フジテレビの株主総会をウオッチしてきたジャーナリストの中川一徳氏は、田中さんのケースについて「やはり経営者側は、一人の意見にも耳を傾け、十分議論を尽くすべきだった」と会場外への担ぎ出しに疑問を投げ掛ける。

 中川氏はフジテレビの株主総会を例にとり「昨年は社員と思われる株主が四人続けて指名されて発言し、突然、打ち切りの動議が出て終了してしまった。典型的な“シャンシャン総会”だった。今年はそれほど露骨ではなかったが打ち切り動議を出したのは、やはり社員だった」と“見聞録”を披露する。

 中川氏は、田中さんが出席した大手通信機器メーカーとフジテレビが、ともに株主総会の強引な幕引きを図った点を“同類”とした上でこう主張する。

 「フジテレビでもライブドアの問題で三百億円もの損失を出し、怒っている株主は多いはずだが、発言を許さないのだからひどい話だった。改善されたのは一部の企業だけではないか」