1999年11月21日朝日新聞
国旗国歌取り上げ「自分で考えて」
授業内容で中学教師処分八王子市教委
東京都八王子市の市立中学教師が、授業でオウム真理教の事件や学校の「日の丸.君が代」問題などを取り上げ、「支持を待つだけの人間にならないで」と教えていたことに対し、市教委が「校長の学校運営方針を批判するに等しい」との理由で文書訓告(注意)をしていたことがわかった。授業内容が処分対象になるのは極めて珍しい。処分後、同校のの校長がこの教師の授業の参観を行っている。
文書訓告を受けたのは家庭科の女性教師(四九)。今年二月、三年生七学級にした三学期最後の授業が処分の対象になった。
授業では、洗脳の怖さを知らしめた地下鉄サリン事件裁判の新聞記事を載せたプリントを配布。「上からの指示は自分で判断するべきでない、無条件に従うべきもの、という思考が徹底していた」との被告の証言などを題材に、「自分で考えることの大切さ」を訴えた。その際、官僚汚職や薬害エイズたどと一緒に、卒業式の「日の丸.君が代」にも言及。「(被告の言葉)教委から指導された全国の校長の言葉と同じに聞こえませんか」とプリントに書き、学校の指導をどう考えるか問いかけた。
校長には前日、「問題があれば指摘してほしい」とプリントを見せていた。
市教委は、授業を非難する匿名電話を受けて調査を進め、「違法性がある」と都教委に報告した。都教委は「不当な部分はあるが処分にはあたらない」と決定し、市教委にも具体的な対応を求めなかった。
しかし市教委は独自の判断で、八月三十日付で教師を文書訓告にした。「校長による国旗.国歌の指導がオウムのマインドコントロールと同じであるかのように教えた。地方公務員法第三三条(信用失墜行為の禁止)に抵触する」としている。校長にも口頭で訓告した。
市教委の和田信行.学校教育部付参事は「卒業式などの国旗掲揚.国歌斉唱は学習指導要領に明記されている。考えましょう、と生徒に呼びかけるのは指導要領に異を唱えることで、受け入れられない」と話す。
教師は「特定の意見を押しつけたのではないのに、なぜ処分されるかわからない。多様な考え方を教えない方が、偏った教育になるのではないか」と話している。
教育現場の萎縮招く
山住正巳.東京都立大名誉教授(教育学)の話
ある程度の判断力がある中学三年生に今回のような授業をして何が問題なのか。良心的な先生はみな、生徒に自分で考えさせようと努めている。処分は教育現場を萎縮させるだろう。そもそも、特定の政党や宗教に偏した場合をのぞき、行政は授業内容に立ち入るべきではない。また、地元の市教委は都教委以上に、先生がのびのびと活動できるように保障するのが役割のはずだ。国旗.国歌法など最近の政治状況を見ると、今後同様の事態が増えるのではないかと心配だ。