証拠方法

1 甲1号証   訓  告
2 甲2号証   プリント
3 甲3号証   報告書
4 甲4号証   保護者からの手紙
5 甲5号証   保護者からの手紙
6  甲6号証   保護者からの手紙
7 甲7号証   原告の報告書

「根津教諭に対する指導、監督について」

付属書類

1 訴状副本            1通
2 甲1ないし7号証(写し)   各1通
3 訴訟委任状           1通


訴      状

2001年2月19日

東京地方裁判所八王子支部民事部  御 中

     原告訴訟代理人弁護士  和   久   田   修
                 同   萱   野   一   樹

 〒193−0801 東京都八王子市川口町534−5
             原    告  根   津   公   子

〒105−0003 東京都港区西新橋2−15−17
                         レインボービル2階
優理総合法律事務所
     上記訴訟代理人弁護士  和   久   田   修
                  電 話 03−3591−3900
                   FAX 03−3591−7194

(送達場所)
〒160−0022 東京都新宿区新宿1−1−7
                     コスモ新宿御苑ビル5階
東京共同法律事務所
     上記訴訟代理人弁護士  萱   野   一   樹
                   電 話 03−3341−3133
                    FAX 03−3355−0445

〒192−8501 東京都八王子市元本郷町3−24−1
           被       告   八   王   子   市
           上記代表者市長  黒   須   隆   一

 損害賠償請求事件


訴訟物の価額  100万円
貼用印紙額  8600円

第1 請求の趣旨
 1 被告は、原告に対し、100万円及びこれに対する1999年8月30日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。
 3 仮執行宣言

第2 請求の原因
 1 当事者
(1) 原告は、本件処分当時、八王子市立石川中学校に勤務する公立中学校教員であり、同中学校の2年生・3年生の家庭科の授業を担当していた。
(2) 被告は、原告に対し本件処分を行った八王子市教育委員会が所属する地方公共団体である。
 
 2 八王子市教育委員会による原告に対する訓告処分
(1) 八王子市教育委員会は、1999年8月30日、原告に対し訓告処分(「本件処分」という)を行った。


(2) その理由は


@ 原告が、1999年2月16日から19日にかけて、八王子市立石川中学校の当時の3学年全学級の家庭科の授業時間において、校長による国旗・国歌に対する指導が、オウム真理教と同じマインドコントロールされた命令・服従の指導であるとしたプリント(甲2号証)を配布したこと。


A 職員会議の内容を生徒に示したこと。


 上記@Aが、校長の学校運営方針を批判するに等しい授業を行ったものであり、原告のかかる行為は、地方公務員法に抵触する、教育公務員たるにふさわしくない行為であって、学校及び職の信用を著しく傷つける誠に許し難いというものであった。
 
 3 本件処分に至る経緯(以下の日付はいずれも1999年である)


(1) 原告は、3年生の3学期の最後の家庭科授業にあたり、独自にプリント(甲2号証)を作成した。


2月15日 翌日からの授業に際し、秋山校長にプリントを提示して、「事実誤認や問題があれば指摘してほしい」と頼んだ。


(2) 2月16日 秋山校長からは指摘は一切なかったので、プリントを使用して授業を行った。その授業の中で、多くの生徒から「卒業式で校長先生は日の丸を揚げるの?」という質問が出たので、原告は、「校長は『日の丸を舞台に三脚で置く、君が代は奏楽を流す』と言っている」と伝えた。授業後、生徒3人が校長に「なぜ日の丸を掲げるのか」と質問に行った。


(3) 2月19日 同じプリントを使用して、3年1組から7組までの全クラスの授業が終わったところで、佐藤教頭より「(原告が)授業中に『日の丸・君が代』に反対するプリントを配った。調べてほしいとの訴えが保護者より入ったと、市教委より問い合わせが来た」と言われた。


(4) 2月20日 秋山校長が、原告に「このプリントを使うな」と指示した。理由は、「入学・卒業式に日の丸を掲揚せよ、君が代を斉唱させよと教委から指導された全国の校長のことばと同じに聞こえませんか。思考は同じだと思いませんか」という記述が「学習指導要領に逸脱している」というものであった。


(5) 2月23日 原告の所属する八王子市教職員組合石川中分会の代表、3学年の教員の代表と原告の立合のもとで作成された報告書(甲3号証)を、秋山校長が市教委に提出した。両者で事実が異なることについては併記とさせた。


(6) 2月24日 3年保護者より校長宛に原告を支持する手紙が届けられた(甲4号証)。
3月6日 PTA運営委員会で秋山校長が、授業でプリントを使用したことが八王子市教育委員会で問題とされていることを報告した。


(7) 3月8日 八王子市議会予算特別委員会で高木順一議員が質問をして「この教員(原告のこと)を異動させろ。若しくは授業を持たせるな」と発言した。


読売新聞八王子支局・瀬口を名乗る人から校長、原告に電話があった。原告に対する電話は「やったことをどう思っているか」という趣旨のものであった。


3月10日 読売新聞により、市教委側に偏った報道がなされた。処分を心配する声が生徒たちからかなりあがり、3学年の教員全員で構成された学年会で話し合った。その学年会の場で生徒たちに原告が事態を説明することが決定された。


 また、卒業式では、日の丸・君が代は一切やらないという職員会議の決定を守るよう、また、生徒たちの気持ちを大事にするようにと学年の教職員が毎日交代で校長に要請することを決定した。


(8) 3月12日 市教委による第1回目の原告に対する事情聴取が行われ、事実経過を聞かれた。原告は「3年生最後の家庭科の授業」と題する報告書(甲7号証)を作成して提出した。


3月14日 3月14日、同15日に校長、市教委宛に、原告を支持する旨の保護者の連名の手紙(甲5、6号証)が届けられた。


3月15日 市教委による第2回目の事情聴取が行われ、かなりの比重で3月19日の卒業式で日の丸・君が代にどう対応するつもりかを聞かれた。


(9) 8月30日 市教委から原告に対して「訓告」書(甲1号証)を手渡される。都教委は処分には至らないとの判断だったが、市教委の判断で処分した。市教委は都教委へ処分結果を報告したとのことであった。

 4 本件処分の違法性


(1) 授業内容への違法不当な支配介入


@ 処分理由の第1は、原告が、家庭科の授業において校長による「日の丸」・「君が代」に対する指導はオウム真理教と同じようにマインドコントロールされた命令・服従の指導であるとしたプリントを配布したことが、地方公務員法33条(信用失墜行為の禁止)に違反するというものである。


A しかし、教員の授業の内容自体をとらえて、処分の理由とすることは、教育行政による教育内容に対する違法不当な支配介入であり憲法23条、憲法26条、教育基本法1条、10条に反し許されない。


B 家永第2次教科書訴訟における東京地裁判決は、憲法23条と教育の自由に関して、次のように判示した。


「公教育においては学校において直接教育を担当するのは教師であるが、教師は真理教育をすべきであるし、教育それ自体は一つの学問的実践である。 

 したがって、憲法23条は、教師に対し、自らの正当とする学問的見解を教授する自由をも保障していると解すべきである。いわゆる下級教育機関における公教育内容の組織化のためにも、教師の教育の自由を尊重しつつ、これに対する指導助言等法的拘束力と有しない方法があり、それが高い識見とすぐれた学問的成果に基づけば、充分の指導性を発揮することができるのであるから、下級教育機関における教授ないし教育の自由を否定するのは妥当でない。

 教員の地位に関するユネスコ勧告61項もそのむね明記している。そこで国が教科書の採択に当たって教師の関与を制限したり、あるいは学習指導要領にしてもその細目にわたってこれを法的拘束力あるものとして現場の教師に強制することは教育の自由に照らし妥当ではない。」


C また、旭川学力テスト事件最高裁判決は、同じく憲法23条と教育の自由に関し、次のように中学校等の下級教育機関の教師にも教育(教授)の自由が保護されるべきと判示した。


「普通教育の場においても、子どもの教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、個性に応じて行われなければならないという本質的要請に照らし、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきである。」


D さらに、同最高裁判決は、憲法26条と教育の自由に関し、教育内容への国家的介入はできるだけ抑制的であるべきと述べた。


「国に教育内容決定権の限界=公共的な問題について国民全体の意見を組織的に決定、実現すべき立場にある国は、国政の一部として広く適切な教育政策を樹立・実施すべく、憲法上は、子ども自身の利益のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容について決定する権能を有するものと解される。

しかし、本来人間の内面的価値に関する文化的な営みとして、党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきでない教育(内容)に対して、国家的介入はできるだけ抑制的であることが要請される。」


E また、教育基本法10条1項の「不当な支配」は、教育行政機関にも適用されると解されており「不当な支配」にあたるとされた例として、例えば、教員の教育内容について、校長が命令、監督の手段として授業内容を録音することは適正ではなく、教育の自由を侵し「不当な支配」に該当するとした判決がある(私立目黒高校事件=東京地判昭和47・3・31判時664号23頁)。 


 また、教員に対する直接的な行為がなくとも「不当な支配」と判断された例として、都立高校の教員が当時の社会科(倫理・社会)の授業中に特定の宗教団体を批判したことに関し、特定政党所属の都議会議員に右教員を非難、叱責する機会を提供した都教育庁総務部長の行為を、教育に対する「不当な支配」に当たり違法であるとした判例がある(東京地判昭和49・7・26判時754号64頁、東京高判昭和50・12・23判時808号57頁)。


F 以上の判例等に照らしてみれば、本件で原告が作成し、授業で使用したプリント(甲2号証)の内容をとらえて訓告処分を行うことは、まさに教育行政機関による教育に対する「不当な支配」にあたり、教師の教育の自由を侵害する違憲違法な行為である。


(2) プリント(甲2号証)の内容には何ら問題がなく、処分の理由にはならない。


@ プリント(甲2号証)は、オウム真理教の地下鉄サリン事件の被告人である豊田亨氏の関する新聞記事をコピーし、それに以下のような原告のコメントを付したものである。




「やりたくないという気持ちはありました。しかし、指示された以上は やるしかないと思いました」「正しいとか、間違っているとか考えるので はなく、上からの指示は自分で判断するべきでない、無条件に従うべきも
の、という思考が徹底していたのです」。
「指示を実行することで頭がいっぱい」「被害者のことなど考える余裕が ない」。
 豊田被告のことばをあなたはどう捉えますか。

「卒業、入学式に『日の丸』を掲揚せよ、『君が代』を斉唱させよ」と、教 委から指導された全国の校長のことばと同じに聞こえませんか。思考は同 じ、だと思いませんか。


 確かに、「日の丸・君が代」だけで即、殺人には繋がらないでしょう。でも、オウム信者だって初めから殺人を目的にしていたのではないかもし れませんし、また麻原が目的としていたとしても他は知らされていなかっ ただろうと思います。

マインドコントロールが完了してから、本当の目的 が明かされたのではないでしょうか。


 恐いのは、「指示」や「指導」「命令」をする・される関係が成立すると(これがマインドコントロール)、どんなに罪悪なことだって抵抗せずに、やがてすすんで実行してしまうことです。

平時は絶対してはいけないと思 うことでも、命令服従の関係が成立すると、やってしまうのが人間なので す。

オウムに限らず、歴史を見れば、どの時代、どこの場所にも共通して 見られることです。
 日本の侵略戦争でもしかり。「人を殺すなんてことは、臆病な私には考 られないことだった。突け、と言われて、初めて殺すときには震えた。


でも、1人殺したら肝がすわった。人が変わり、2人目からは殺すことに快感さえ伴った」。元日本兵のことばであるが、こうした証言を、かなりの人から私は聞きます。


 現在だってそうです。厚生省・製薬会社ぐるみのエイズ隠し、大蔵省、金融、証券会社の不正などなど、命令服従の体質が起こしたことでしょう。


 さて、「日の丸・君が代」の歴史や意味、また掲げたり歌ったりするこ との「意義」を校長先生から説明もされぬまま、あなたたち子どもが見さ られたり、歌わされたりすることを、あなたはどう思いますか。卒業式 の主人公はあなたがたです。




A 原告がここで生徒に伝えたかったことは、上からの押しつけを一方的に鵜呑みにしてしまうのではなく、自分の頭で考え行動できる人間になって欲しいという全く正当な内容であった。

 この内容をとらえて処分を行うことは、憲法13条、21条に違反し、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と定める教育基本法1条に反し、許されない。


(3) 処分に至る手続にも疑問がある。


 原告は、プリント(甲2号証)を授業で使用するのに先立って、校長にプリントの写しを渡し内容の確認を求め、誤りがあれば指摘するよう求めている。


 すなわち、
 原告が、2月15日、職員室において、秋山校長に「今週は3年生最後の授業です。明日からこのプリントを使って生き方の問題について話をしますが、誤りはないつもりですがもしこのプリントに事実誤認がありましたら指摘してください。誤りがあれば直しますので。

「『日の丸・君が代を校長先生はどうするのか』という質問がでるかも知れません。出たら、生徒たちに答えてくれますか」と聞いたところ、秋山校長が「答えない」と言うので、「それなら校長が『実施する』と言っている事実を話します。問題ないですね」と確認を求めた。


 それに対し、秋山校長は、「事実を言うことは問題ありません。良識に沿ってしてくださいね。」と答えた。原告は、「もちろん良識に沿って話します」「明日からしますので、よく読んでいただいて、事実に誤りがあったら指摘をお願いします」と念を押して、自席に戻った。
 翌2月16日に至っても秋山校長から何の指摘もなかったので、原告はそのままプリント(甲2号証)を授業で使用した。
 こうした経過に照らせば、秋山校長が事前に何ら問題ないと判断していたにもかかわらず、後になって八王子市教育委員会が処分を行うことは、不意討ちともいえるもので、手続きの適正を欠くと言わざるを得ない。


(4)「職員会議の内容を生徒に示し」たことは処分の理由とならない。


@ 本件処分の第2の理由は、原告が職員会議の内容を生徒に示したことが、地方公務員法33条に違反するというものである。


A 事実関係は次のとおりである。


 2月15日に原告が、秋山校長に対し、「『日の丸・君が代を校長先生はどうするのか』という質問がでるかも知れません。出たら、生徒たちに答えてくれますか」と聞いたところ、秋山校長が「答えない」と言うので、「それなら校長が職員会議で『実施する』と発言したことを私が伝えますが、いいですね」と原告が言うと、「事実はいいです」と秋山校長は言った。


 そうした原告と秋山校長とのやりとりをうけて、「石川中の卒業式で校長先生は日の丸を揚げるの?」との生徒の質問に対し、原告は、「『日の丸を舞台に三脚で置く、君が代は奏楽を流す』と言っている」とだけ伝えた。

B ところで教育活動、ことに学校行事についてはいずれも職員会議で論議の上決定し実施するので、学校行事が近くなると生徒たちから質問が出たり、教員から話したりするのが一般的な進め方である。


 この時の授業の中で原告は生徒からの質問に答えて、「校長先生は日の丸を三脚で掲げ、君が代をテープで流す、と職員会議で言いました」と、その事実のみを言ったまでである。事実を伝えて問題はないはずである。

また、生徒たちからすれば、「子どもの権利条約」第13条「情報の自由」を保障される権利を有するのであるから、生徒の質問に対し正確な情報を与える義務が原告にはあった。


 このことをとらえて処分の対象とすることは「不当な支配」にあたり、違法である。


(5) 以上にみたとおり、本件処分は憲法13条、21条、23条、26条、教育基本法1条、10条に違反し、手続上も適正を欠き違憲違法である。


 なお、八王子市教育委員会から報告を受けた東京都教育委員会は、再三にわたって市教委に処分理由を明らかにする資料の提出を求めたが、結果的にはそのような資料は存在せず、最終的に「処分にあたらず」という決定をした。

5 被告の責任及び原告の損害


(1)八王子市教育委員会が原告に対して行った本件処分は、国家賠償法上の公権力の行使にあたり、違憲違法であるから、被告は国家賠償法1条に基づき、本件処分によって生じた原告の損害を賠償する義務を負う。


(2) 原告は本件処分により、著しい精神的損害を被ったが、それを金銭に換算するならば金100万円を下らない。
 よって、原告は被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

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