愛国心について

愛国心という言葉を、軍国主義の時代と結びつけて嫌いだと言う人は多いと思う。

私は「国を愛する心」は必要だと思う。

自分以外の他の人を尊重する心、社会全体を大切に思う心、

私はこれが「国を愛する心」だと思う。

今の日本の社会には、この心がなさすぎるために起こる事件が多くある。

青少年の陰湿な事件も、この心が育っていないから起こると言える。

もちろん大人がその心を示していないから子供達の中に育たないのである。

国を愛するとは国家権力に従順であることではない。

ある特別な人物を崇拝する事でもない。

その国の領土を拡張しようとすることでもない。

軍国主義時代の愛国心は、他の国を憎むことを教えた。

他の国の人々を憎むことを教えた。

その教えに従わぬ人を憎むことも教えた。

人は権力に従順である自らを自覚するとき快感を覚える。

権力に従順である集団はときに力を発揮する。

人は憎しみにより団結するとき快感を覚える。

憎しみにより団結した集団は力を発揮する。

この集団は暴走する。

その結果多くの人が不幸な思いをした例は歴史の中に繰り返されている。

国とは人の集まりである。

国を愛するとは人を愛するということである。

自分の好きな人だけではなく、

自分の身内だけでもなく、

自分に利益をもたらすものだけでもなく、

立場を越え、

考え方を越え、

あらゆる違いを越えて、

すべての人を愛する心、

愛そうとする心、

私はこれを「国を愛する心」と呼びたい。

これは正義を愛する心と置き換えても良いのかもしれない。

この心は人間の本質にある利己的な心に反する。

だから維持するのが容易ではない。

しかし、人はこの、他のすべての人を愛する心をも持っているのだ。

この心が多くの人の中に育ち広がることが今求められていると思う。

2000年12月5日

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