不当判決

「裁判所は上に行くほどひどい」とは聞いていたが、聞きしにまさる。

私が控訴理由書で指摘した重要な事実には、判断を示さない、触れもしない。

あげくの果てには沖電気の談合を告発したのに警察が放置したことについて、

「告発人に自己の利益のため犯人の処罰を求める個人的権利を付与したものではなく,告発に係る犯罪の存否,犯人及び証拠について必要な捜査を促すという公益上の地位を付与したにすぎないのであって,そのような告発に対する不作為が直ちに告発人の国家賠償法1条1項の法的保護に値する権利又は利益に対する侵害を構成するとは認められないのである。」

などとしている。

言うまでもなく警察にとっては、告発したものが誰であるか、その目的は何か、などが問題ではなく、その犯罪が事実であれば、取り締まらなければならないはずである。

ところが、この判決は、警察は犯罪の告発が「自己の利益の為の告発だ」と判断したら、捜査しなくて良いと言っているのである。

こんな判断をされたら、警察が関わる犯罪などいくら告発しても、この言い分で全部握りつぶされてしまう。

理不尽極まりない。

2005年7月28 日


平成17年7月27日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 吉田 要
平成17年(ネ)第2257号 損害賠償等請求控訴事件(原審 東京地方裁判所八王子支部平成15年(ワ)第2805号)

口頭弁論終結日 平成17年6月13日

              判       決

  東京都八王子市椚田町1214番地1−707
   控訴人(原告)       田   中   哲   朗

東京都新宿区西新宿二丁目8番1号

   被控訴人(被告)     東     京     都

   代 表 者 知 事    石   原   慎 太 郎

   指 定 代 理 人    大   野   正   隆

   同              松   本   邦   男

   同              大   村   昌   志

   同              中   島   利   通

                主        文

    1 本件控訴を棄却する.

     2 当審における控訴人の追加的請求を棄却する.

     3 当審における訴訟費用は,控訴人の負担とする.

               事実及 び理 由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す.

2 被控訴人は,控訴人に対し,金100万円及びこれに対する平成14年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は,第1,2審を通じ被控訴人の負担とする。

4 仮執行宣言

第2 事案の概要


  本件は,沖電気工業株式会社の株主総会に出席した株主である控訴人が,総会から強制退場させられた際に暴力を受けたのに,

@その場にいた三田警察署員が暴力行為を制止しなかったのは,警察官職務執行法5条に違反している,
Aその後の三田警察署員のした嘘つき行為,愚弄行為が違法である,

Bその後の東京都公安委員会の任務僻怠が違法である

として,国家賠償法1条1項に基づき,被控訴人に対し,損害賠償を請求する事案である。原審は,控訴人の控訴を棄却したので,控訴人が控訴したものである.当審において.,控訴人は,
 沖電気工業株式会社の談合行為を告発したのに,警察が進んで捜査をせず,放置したことが不法行為に当たるとして訴えの追加的変更をする.

 1 当事者の主張


  当事者の主張は,原判決「事実及び理由」欄の「第2 当事者の主張」の「1請求原因」及び「2 請求原因に対する認否」に記載(原判決1頁23行目から同14頁1行目まで.ただし,同5頁7行目の「事実・理由等ついて」を「事実・理由等について」に改め,また,同6頁10行目の「原告を,更に精神的に甚だしく苦しめたJを「控訴人に対し,更に不信感・絶望感を抱かせ精神的に甚だしい苦痛を与えた」に改める。)のとおりであるから,これを引用する。

(以下引用したもの。赤字は高裁変更部分)


第2 当事者の主張

 1 請求原因

 (1)事実経過


ア 警視庁三田警察署長は,沖電気工業株式会社(以下「沖電気」という。)から警備要請を受け,平成14年6月27日に沖電気本店別館(港区芝浦4丁目10番3号)で行われる株主総会(以下「本件総会」という。)に,要員を派遣することとし,私服警官を会場に臨場させた。

イ 沖電気の社長である篠塚勝正(以下「篠塚社長」という。)は,本件総会の冒頭,議長として警察官が臨席している旨を宣言した。

 原告は,本件総会で,株主総会集中日に株主総会を行わないことを提案し,その採決を求めようとした。株主の中には,他の会社の株を保有している者も少なくないところ,沖電気は,例年,あえて株主総会集中日に株主総会を行うことで,集中日に株主総会を行う会社のどれか一つにしか株主が出席できない状況を作り出し,他社の株主総会に参加せざるを得ない者が沖電気の株主総会に参加することを困難にしてきたからである。
 篠塚社長は,原告の提案に対し,「集中日に当たるのは偶然であって意図的ではない。」と誰が聞いても嘘と分かる答弁を行い,採決を取ることも拒絶した。
 原告は,篠塚社長の答弁が株主全体に対する著しく不誠実な姿勢を端的に示すものであるばかりでなく,嘘を公の場で平然と言ってのける社会正義に対する感覚が欠如した姿勢をも端的に示すものであるから,看過すべきものではないと考え,採決を取らない理由を述べるよう要求したが,篠塚社長はこれを拒否したので,議事運営が不当であると指摘した。
  しかるに,篠塚社長は,実力を行使し,原告を暴力的に排除することを会社警備員に命じた。

 原告は,当時,肩を負傷しており,整形外科に通院中であったが,前年の株主総会でも暴力的な排除行為が行われたので,本件総会で同様な暴力的排除行為を振るわれたら症状が悪化しかねないと考え,医師の診断書を用意し,警備員に対し,これを示し,暴行を止めるよう求めた。
  ところが,会社警備員は,暴力を加え続け,原告を本件総会会場から排

除した。会社警備員は,その際,原告の腕を稔り上げたため,原告の肩,腕に激痛が走り,腕をしばらく動かせないほどの状況になった。
 原告は,会社警備員から暴行を振るわれた際,臨場しているという警察官に対し,「警察官がこの場にいるなら名乗り出て暴力を制止するよう」求めたが,三田警察署員は誰も動こうとせず,敢えて洪手傍観し,違法行為を看過した。


ウ 原告は,平成14年8月16日,三田警察署を訪れ,応対した刑事生活安全組織犯罪対策課の新山卓美警部補(以下「新山警部補」という。)に対し,申入書を手渡して,本件総会に警察官を派遣していたか否か,株主が沖電気の警備員に暴力的に排除されるに至った事実及び経過を認識しているか等の申入れを行い回答を求めたが,新山警部補は,@沖電気の要請により株主総会に警官を派遣したことは間違いない,A担当の警察官に話を聞いていないから当日の事情は分からない,関係者にきいて後日答えると回答した。
 原告は,これに先立つ平成14年8月13日,三田警察署に電話し,応対した新山警部補に対し,同様の申入れを行い,回答を求めていたから,新山警部補は,同月16日の段階でもなお,曖昧な対応で誤魔化そうとしたものである。
 新山警部補は,平成14年8月27日,原告に対し,「警察官が少ないので,株主総会集中日は警察官が複数の会社の総会を掛け持ちで回っている。
 当日,沖電気の株主総会に臨席した警察官は,総会開催時には臨席していたが,何も起きそうにないので,本件事件が起きたときは,既に他社の株主総会臨席のため移動していた。だから事件を目撃していない,と言っている。」と回答した。

 原告は,新山警部補の上記回答は信じられないと追及したが,新山警部補は同回答に固執した。

エ 原告は,平成14年9月26日,東京都公安委員会に対し,苦情の申立てを行った。
  東京都公安委員会は,これに対し,事件当時,警察官は,本件総会に臨席していたとしたうえで,原告の申出に対しては,当日,同署の担当捜査員から警察処置を執らなかった理由等につき説明がなされるなど,不適切な対応は認められなかった旨回答した。
   しかしながら,新山警部補がなした説明は,警察官は本件総会当初は臨席していたが,他社の株主総会臨席のため移動していたから現場にいなかった,だから当該事件を目撃していないなどという非合理なもので,「理由の説明」などというものではなかった。
  原告は,納得がいかないとして,東京都公安委員会に対し,再回答を求めたが,回答はなかった。
 オ 原告は,代理人弁護士を通じ,平成15年6月10日付けで申入れを行ったところ,三田警察署は,「警察官は株主総会が終了するまで臨場警戒にあたっていたが,原告の問合せに答えた暴力団対策係長新山氏は『状況を把握しないまま早合点をして』田中に間違った回答をした」と回答した。

(2)三田警察署員,東京都公安委員会の違法行為

 ア 三田警察署員による適切な警察活動の僻怠
  沖電気が株主である原告を本件総会会場から暴力的に排除した行為は違法であり,沖電気警備員が行った有形力の行使は,暴行罪ないし傷害罪を構成する。
  三田警察署員は,現場に臨場し,沖電気警備員が行った暴行を至近距離から目撃していたばかりでなく,傷害を受ける危険にさらされた原告から今まさに行われている犯罪行為を即時に抑止するよう求められていた。
  警察官としては,これを抑止し,場合によっては,暴行行為者を検挙しなければならない状況であった。

  しかるに,三田警察署員は,これを傍観し,沖電気警備員の暴力のなすがままにまかせた。

  三田警察署員の行為は,警察官職務執行法5条所定の犯罪行為抑止義務に違反する。
イ 三田警察署員の不公正行為
  およそ,警察官は,自己の警察活動について市民から説明を求められた場合は,捜査の密行性等に関わる場合を除いては,事実・理由等についてしかるべき明快な情報を提示する義務が存する。

  しかるに,三田警察署員は,本件総会終了まで臨席し,本件暴行事件を目撃しながら,「事件の現場にいなかった」などと,警察官としては極めて重大な嘘を平然とつき,さらには,後に「早合点」などという言葉でこの嘘吐き行為を誤魔化そうとした。本件暴行事件を目撃した部下からの報告を「早合点して」,「その場にいなかった」などと,事実と全く異なる把握 をするなどということはおよそありえない。,新山警部補の説明は,とぼけた虚言であり,原告を愚弄するもの以外のなにものでもない。警察に対する信用を著しく失墜せしめる。
 ウ 東京都公安委員会の任務僻怠行為
  東京都公安委員会は,警視庁の警察活動を総括している機関であり,警視庁の警察活動が適法・適切に行われるよう,これを監督すべき権限と責任を有している。
  ところが,東京都公安委員会は,三田警察署員の担当係官の市民に対する愚弄行為をそのまま是認し,放置した。公安委員会の上記職務を明らか,かつ,完全に僻怠している。


(3)原告の損害


 ァ 臨席した株主は,警察官の臨場を知らされていたから,沖電気が行った暴力行為を三田警察署員が傍観したことで正当化され,あたかも原告がい

わゆる「総会屋」であるかの如き印象,即ち,株主としてのしかるべき利害を有さず,その上,会社の業務と無関係な事柄について株主総会で発言するなどして,実質的には経営陣を恐喝している存在であるかのような印象を一般株主に与えた。

   また,会社警備員による暴行の結果,原告の肩の負傷は悪化し,平成14年11月まで以後4ケ月にわたって通院を余儀なくされた。

   原告が被った精神的損害を金銭的に評価するなら金30万円を下らない。
 イ 三田警察署員の嘘付き行為,愚弄行為は,三田警察署員による適切な警察活動の僻怠により深く傷ついた控訴人に対し,
更に不信感・絶望感を抱
  かせ精神的に甚だしい苦痛を与えた。

原告が被った精神的損害を金銭的に評価するなら金30万円を下らない。

 ウ 東京都公安委員会の任務僻怠行為により原告は精神的損害を被った。原告が被った精神的損害を金銭的に評価するなら金40万円を下らない。

(4)よって,原告は,被告に対し,国家賠償法1条に基づき,損害金100万円及び平成14年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める。

2 請求原因に対する認否

(1)

ア 請求原因(1)アは概ね認める。三田警察署員が本件総会に臨場警戒したのは,沖電気から警戒要請があったとの一事によるものではない。
  三田警察署は,沖電気から平成14年6月27日に開催される本件総会に警察官を派遣して警戒してほしい旨の要請を受けた。

   三田警察署長は,沖電気の本件総会に警察官を派遣して警戒することとし,孫田輝海警部(以下「孫田警部」という。)ら4名が,平成14年6月27日,沖電気本社5号館別館の本件総会会場へ赴き,私服で警戒活動に当たった。当日,管内の多数の上場企業が株主総会を開催し,多くの株主総会

に警察官を派遣して臨場警戒に当たらせたことから幾つかの株主総会を掛け持ちして警戒に当たる警察官もいた。

イ 請求原因〈1)イのうち,篠塚社長が本件総会の議長を務めたこと,篠塚社長は,本件総会に警察官を招請していると説明したこと(ただし,説明がなされたのは株主総会の冒頭ではない。),原告が株主総会集中日に株主総会を行わないことを提案し,議長に採決を求めたこと,篠塚社長は,原告の提案に対して説明したが,採決を取らなかったこと,原告が議事運営が不当である旨の意見を述べたこと,篠塚社長が原告に退場を命じたこと,原告が持参していた診断書を会社警備員に示したこと,原告が会社警備員によって本件総会の会場から退場させられたことは認める。

 原告が会社警備員から暴行を受けたとの点,会社警備員が原告に暴力をふるうのを制止するよう三田警察署員に求めたが,三田警察署員は会社警備員の暴行を扶手傍観し,沖電気の違法行為を看過したとの点は否認する。

 その余の事実は知らない。

 本件総会は,平成14年6月27日午前10時から開会される予定であったが,直前,原告と原告に同調する者が議長に対し,沖電気に差別問題があるなどと一方的に捲し立てたことから,定刻に開会されなかった。

 結局,開会予定時刻よりも5分ほど遅れ,議長が本件総会の開会を宣言した後,株主に対し,株主総会の招集通知に記載された目的事項に沿った議事進行とするため,目的事項に沿わない発言を禁止すること,禁止行為をした場合は議長の権限で退場を命じることなどを説明した。すると,原告とその同調者が,勝手に発言したり,野次を飛ばすなどし始めたので, 議長は,原告らに対し,不規則発言を止めるように注意した。

 本件総会は,監査報告,新株発行数等に関する報告,書面質問に対する応答の順に議事が進行し,株主による口頭質問へ移る際,議長が各株主に対し,質問は目的事項に沿ったものに限ること,目的事項以外の差別問題

等について質問することを禁止すること,禁止行為を行った場合は議長の権限で退場を命じることなどを説明し,会場内に警察官が臨席していることも明らかにした。原告とその同調者は,議長が説明している間も不規則発言を繰り返し,議長から再三注意を受けた。

 その後,株主と沖電気経営者側との間で口頭による質疑応答が開始され,議事は概ね平穏に進行した。このため,孫田警部及び武田芳範警部補(以下「武田警部補」という。)の2名が本件総会の会場内に残って警戒活動に当たることにし,他の2名の警察官は他社の会場へ転進するため本件総会会場を離れた。

 同日正午ごろ,原告は,口頭質問の順番が回ってきたが,目的事項に沿わない発言を繰り返し,議長が目的事項に沿った発言をするよう原告に促した。原告と議長との間でこのような状況が何度も繰り返され,数分間続いた。その後,原告は,ようやく質問事項を述べ,議長に対し,採決を取るよう要求したが,議長は,採決の必要はないと判断し,これを拒否した。
原告は,執拗に採決を要求し,次の株主が質問を始めても同人の質問を遮って発言を続けた。

 このため,議長は,原告に対し,発言を止めるよう注意して,止めなければ退場を命ずると警告したが,原告が議長の警告を無視して不規則発言を続けたことから,原告に退場を命じた。

 原告は,議長から退場を命ぜられても,抗議するなどして退場しなかったことから,予め議長の指揮を受けていた数名の警備員が原告に歩み寄り,原告に退場するよう説得すると,原告は,おもむろに診断書を取り出して警備員に示すなどしながら大声で騒ぎ立てた。警備員は原告が説得に応じる気配を見せなかったことから,原告の腕に手を添えたり,原告の背中に手を当てるなどして原告に退場するよう促した。これに対し,原告は,当初,腕に触れさせないよう上体を振ったり,その場から動かないよう踏ん

張る姿勢をとったが,そのうち,警備員に促されるようにその場から歩み始めた。警備員は,原告の両腕や背中に手を添えて原告を出入口の扉方向まで誘導して会場外へ退場させた。

 会場内で警戒していた孫田警部及び武田警部補は,原告が警備員に退場させられる状況の一部始終を現認していたが,警備員による原告の退場措置は適法なものであるし,原告と警備員との間で相互に刑罰法規に触れる違法行為はなかったことから,原告が警備員に退場させられるのを静観していた。

 一方,原告の同調者は,原告が退場させられる際,原告を応援するような発言をするなどして騒いだ。

 本件総会は,原告が退場措置となった後,いったんは平穏に進行したものの,同調者の一人が議長に対し不規則発言を繰り返したことから議長から退場措置を受けた。
 その後,議案の議決等が行われ,同日午後1時すぎにすべての議事を終了して本件総会は閉会し,会場内にいた孫田警部及び武田警部補は警戒を終え引き揚げた。
ウ 請求原因〈1)ウの一段は概ね認める。

 同二段のうち,新山警部補が平成14年8月13日,原告から電話を受けたことは認めるが,その際,原告が回答を求めたとの点は否認する。新山警部補が原告と面会した際,曖昧な対応でごまかそうとしたとの点は否認する。

 同三,四段は概ね認める。ただし,新山警部補が自らの回答に固執した事実はない。
 新山警部補は,平成14年8月13日,原告から本件総会に関し三田警察署に申入れをしたい旨の電話があったので,同月16日午前10時30分に三田警察署を訪れるよう原告に伝えた。

 新山警部補は,平成14年8月16日午前10時35分ころ,原告が2名の男性を伴って三田警察署を訪れたので,原告だけを同署2階の刑事課相談室に案内し,応対したところ,原告が「申し入れ書」と題する文書を取り出して読み上げ,本件総会に警察官を派遣したのかとか,沖電気のために警察官を派遣したのかとか,警察官は警備員の暴行を認識していなかったのかとか,来年の株主総会にも警察官を派遣するのかなどと質問したので,株主総会における警察官の臨場警戒は,犯罪の予防,検挙等を目的とするものであること,本件総会の会場内において警察官が臨場警戒したこと,本件総会において違法行為があったとは認識していないこと,沖電気の株主総会には来年も警察官が臨場警戒をする見込みであることなどを述べた。

 また,新山警部補は,原告が「申し入れ書」と題する文書を提出したいと申し出たが,「申し入れ書」の内容が一方的に原告の言い分を述べたものであり,それを前提に質問をし,回答を求める内容であったことから,同文書に対して書面で回答はできないし,受け取ることもできないことを告げた。すると,原告は,「提出するだけでいい」と言いながら「申し入れ書」を新山警部補の前に差し出し,「本当に会場内に警察官がいたのか」などと念を押すように質問してきたので,新山警部補が調査して回答する旨を原告に告げると,2名の男性と連れだって帰って行った。

 新山警部補は,本件総会の警戒状況等につき,本件総会に臨場した孫田警部及び武田警部補以外の2名の警察官に尋ねたところ,両名とも株主総会の途中で会場から出たので原告が警備員に退場させられた状況は見ていないと答えたことから,本件総会では特異な状況は発生しておらず,4名の警察官とも他社の株主総会の警戒に転進したものと思い込み,孫田警部及び武田警部補に確認しないでいたところ,原告が,平成14年8月27日,新山警部補に電話をかけてきて,原告が退場させられた際,本件総会

の会場内に警察官がいたか否か質問してきたので,本件総会の当日,三田警察署では多数の企業が株主総会を開催しており,同署では多数の株主総会を掛け持ちで臨場警戒に当たっていた警察官がおり,上述の2名の警察官が述べた内容からして,本件総会に臨場した警察官は他の株主総会の会場と掛け持ちで臨場警戒に当たっており,原告が退場させられた時には他の株主総会の会場に全員が転進していたため,本件総会の会場にはいなかったものと思い込み,この旨を原告に答えた。

 エ 請求原因(1)のエの一段は認める。

 同二段は概ね認める。

 同三段のうち,新山警部補がなした説明が非合理であり,「理由の説明」などというものではなかった旨の主張は争う。

 同四段のうち,原告が東京都公安員会に対し再回答を要求したことは認める。公安委員会の職員は原告に対し再調査を行わない旨を電話で告げた。

 公安委員会は,平成14年10月4日,原告からの同年9月26日付け文書による警察法78条の2の規定に基づく苦情の申出を受理し,三田警察署長に事実調査を求めた。

 三田警察署長は,調査の結果,孫田警部と武田警部補が本件総会の開会時から閉会時まで会場内で臨場警戒に当たっていたこと,原告が本件総会の会場から退場させられた際,警備員が原告に対して違法な行為を行った事実はなく,原告が警備員に対して違法な行為を行った事実もなかったこと,森山警部補が平成14年8月27日に原告からの電話を受理し,応対したことなどが判明したので,この旨を公安委員会に報告した。
 公安委員会は,平成15年1月14日,三田警察署長の調査等の結果に基づき「田中様が申し出られた,自主警備員による株主総会からの退場措置には,刑罰法令に触れる違法な行為が認められなかったことから,臨場警戒中の警察官は,特別な措置を取らなかったものです」などとした苦情11

  処理結果通知書を原告に郵送した。
  公安委員会の小田良一警部補は,平成15年3月11日,原告が公安委員会室に電話をかけ,上記苦情処理結果通知書に関して公安委員会に再調査を求めたので,既に回答した事案については再度の調査はしない旨を述べた。原告は,「再調査をしないことは分かったが,再回答を求める文書は 送らせてもらう」と述べて,電話を切った。
  翌12日,上記苦情処理結果通知書に関し,原告から公安委員会あてに再回答を求める文書が郵送された。
 オ 請求原因(1)オは概ね認める。
  原告は,平成15年6月11日,三田警察署長あてに同年6月10日付けの「申入書」と題する文書を内容証明郵便で郵送し,平成15年の沖電気の株主総会には警察官が臨場警戒をしないことを要望したり,新山警部補が本件総会に臨場警戒した警察官の活動状況について誤った内容を原告に説明をした理由の回答を求めた。
  三田警察署長は,平成15年6月20日,平成15年の沖電気の株主総会に警察官が臨場警戒しないようにとの原告の要望には応じられないことや新山警部補が原告に誤った説明をした理由について文書で回答した。

(2)請求原因(2)はいずれも否認ないし争う。


 ア 孫田警部及び武田警部補は,本件総会において,不規則発言を繰り返すなどして議事の円滑な進行を妨害した原告に議長が退場を命じた行為が適法なものであること,原告が議長の退場命令に従わず,会場内の秩序を乱し円滑な議事運営を妨げたこと,議長の指揮命令を受けた警備員は原告に退場するように説得していたこと,原告は診断書を取り出して警備員に示しながら大声で騒ぎ,説得に応じる気配を見せなかったこと,警備員はこのため原告の腕に手を添えたり,原告の背中に手を当てるなどして退場するよう促したとこ,当初,これに抵抗する姿勢を見せた原告がその後説得に応じて動き出したので,会場の出入口扉方向へ誘導して会場外へ退場させたことを現認し,この間,原告と警備員との間には相互に暴行等の刑罰法令に触れる違法な行為はなかったことから警察措置を執らなかったのである。
 したがって,三田警察署員が本件総会で職務義務に違反した事実はなく,原告の主張は失当である。


イ 新山警部補が平成14年8月27日に原告から電話を受けた際,本件総会において臨場警戒した警察官全員の活動状況を把握せず誤解した内容を原告に述べた事実はあるが,原告に対して嘘をついたとか,原告を愚弄したなどというものではないし,そのような意図さえ微塵もなかった。新山警部補が故意に調査を怠ったとか,事実を隠蔽しようとするなど,原告を愚弄するような悪意はなかったのであるから,同警部補の発言が原告の権利を侵害したことにはならないし,不法行為を構成するものでもない。


ウ 三田警察署員が原告に対して違法な行為を行った事実はないから原告の主張はその前提を欠く。
 都道府県公安委員会は,都道府県の警察機関として,都道府県の区域における警察事務について,都道府県警察を管理する責任を負っているところ(警察法38条3項),ここにいう「管理」とは,警察行政について,運営の大綱方針(事務の運営の準則その他事務を処理するに当たり準拠すべき基本的な方向又は方法)を定めることであって,個々の事務執行の細部 についての指揮監督を行うものではなく,事務執行が都道府県公安委員会が示した大綱方針に適合しないと認められる場合に,大綱方針に適合させるよう必要な指示を行うことであると解されている。
  したがって,個々の警察官の職務執行に違法な点が存在したとしても,公安委員会による管理の適否が個別の国民に対する義務違反となり,国家賠償法上違法とされることはない。13

 (3)請求原因(3)の原告の損害は知らない。主張は争う。


 2 控訴人の当審における新主張



  控訴人が,東京都公安委員会に対し,苦情の申出をしたのに対し,東京都公安委員会が新山警部補がした回答を指して「適切な説明であった」と通知したのは違法である。

 3 控訴人の当審における訴えの追加的変更

  控訴人が,平成14年9月24日,沖電気の談合行為を告発したのに対し, 警察は,進んで捜査をせず,放置したのは不法行為に当たる.

第3 当裁判所の判断


1当裁判所も,控訴人の本訴請求は,理由がなく,棄却すべきものと判断する。


 その理由は,次に付加訂正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1」ないし「3」(原判決14頁2行目から同20頁2 5行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(以下引用)


第3 当裁判所の判断


1三田警察署員による適切な警察活動の僻怠について

(1)原告は,沖電気が有形力を行使して株主である原告を本件総会会場から暴力的に排除した行為は暴行罪ないし傷害罪を構成する違法なものであるにもかかわらず,現場に臨場し,沖電気警備員が行った暴行を至近距離から目撃していたばかりでなく,傷害を受ける危険にさらされた原告から今まさに行われている犯罪行為を即時に抑止するよう求められていたにもかかわらず,これを傍観し,沖電気警備員の暴力のなすがままにまかせた,三田警察署員の行為は,警察官職務執行法5条所定の犯罪行為抑止義務に違反する違法な行為である旨主張する。


   国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときは,国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを定めるものである(最高裁昭和53年(オ)第1240号昭和60年11月21日第1小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)。

   警察官職務執行法5条は,「警察官は,犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは,その予防のため関係者に必要な警告を発し,又,もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があって,急を要する場合においては,その行為を制止することができる。」と定めているところ,これは,「個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもってその責務とする。」(警察法2条1項)と規定された警察が,「警察官が警察法に規定する個人の生命,身体及び財産の保護,犯罪の予防,公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するため」(警察官職務執行法1条1項)行使し得る「必要な手段」を14

 規定したものであり,警察官に認められた作用法上の権限規
  定であるところ,この制止権限は,警察官が,犯罪がまさに行われようとす  るのを認めたとき,犯罪行為により人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受けるおそれがあって,急を要するとの要件を充足してはじめて行使できるのである。ところで,その要件の認定には,裁量の余地があるので,その権限行使の時期等は,警察官の専門的判断に基づく合理的裁量にゆだねられているというべきである.したがって,具体的事情の下において,警察官に制止権限が付与された趣旨・目的に照らし,その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り,同権限の不行使は,被害者に対する関係で国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないといわなければならない。

(2)本件の検討

 三田警察署長は,沖電気から警備要請を受け,平成14年6月27日に沖電気本店別館で行われる本件総会に,要員を派遣することとし,私服警官を会場に儀場させたこと,篠塚社長が本件総会の議長を務めたこと,篠塚社長は,本件総会に警察官を招請していると説明したこと,原告が株主総会集中日に株主総会を行わないことを提案し,議長に採決を求めたこと,篠塚社長は,原告の提案に対して説明したが,採決を取らなかったこと,原告が議事運営が不当である旨の意見を述べたこと,篠塚社長が原告に退場を命じたこと,原告が持参していた診断書を会社警備員に示したこと,原告が会社警備員によって本件総会の会場から退場させられたことは当事者間に争いがない。

  そして,証拠(甲1の1,2,3,甲3,甲35,甲38,乙1,証人武田芳範,原告本人)によれば,原告は,本件総会の議長である篠塚社長から退場命令を受けたにもかかわらずこれに従わなかったこと,会社警備員は,立って発15

言を続ける原告を,数名で取り囲み,原告に体を密着させ,原告の背中に手を掛けて押したり,原告の腕を掴むなどしながら,その席から移動させて通路に出し,本件総会会場外へ原告を退場させたこと,その際,原告は警備員の行為に抗議し,診断書を示したり,何度か腕を振って警備員の手をふりほどこうとしたり,押し出されるのに抵抗して体を折り曲げたり,体を傾斜させるなどしたこと,孫田警部,武田警部補外2名が本件総会の警戒に当たったが,孫田警部と武田警部補が会場内の警戒警備に当たり,他の2名は会場外の警備を行い,株主総会の進行状況を見,他の株主総会へ移動しようということになっていたところ,武田警部補は会場の最後尾に座り,原告の席から3メートル位であり,原告が退場させられる際の原告と警備員との間のやり取りを観察していたが,原告と警備員との間でお互いに暴力を振るうなど刑罰法令に触れるような違法行為を認めなかったことが認められる。

そうすると,本件総会の警戒に当たった警察官において犯罪がまさに行われようとするのを認めたときという制止権限の要件は充足されていなかったから,同警察官が会社警備員の控訴人退場行為を制止しなかったからといって,そのことが国家賠償法1条1項の適用上直ちに違法の評価を受けるものではないのである。

2 三田警察署員の不公正行為について

 原告は,新山警部補が,三田警察署員が本件総会の終了時まで会場内に臨席し,警備員の原告に対する暴行事件を目撃したにもかかわらず,会場内にいなかったなどという極めて重大な嘘をつき,「早合点」したなどと誤魔化そうとしたのは,原告を愚弄するもの以外のなにものでもない,原告に対する不法行為である旨主張する。

 原告が,平成14年8月13日,三田警察署に電話をかけ,新山警部補が応対したこと,原告が,同月16日,三田警察署を訪れ,応対した新山警部補に対し申入書を手渡したこと,その際,原告が新山警部補に対し,本件総会に警察官を派遣していたか否か,株主が沖電気の警備員に暴力的に排除されるに至ったことやその経過を認識しているか等と質問したこと,本件総会の会場内で警察官が臨場警戒したと新山警部補が回答したこと,同月27日,原告の電話に対し新山警部補が,株主総会集中日は警察官が複数の会社の総会を掛け持ちで回っている,本件総会に臨席した警察官は,開催時には臨席していたが,原告が退場させられたときは,既に他社の株主総会臨席のため移動しており,目撃していないと言っていると回答したこと,原告が同年9月26日に東京都公安委員会に対し,苦情の申立てを行い,同委員会が三田警察署員の対応等に不17

適切な対応は認められなかった旨回答したことは当事者間に争いはない。
 証拠(甲20,甲21の2,甲22,甲23,甲27の2,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,

〈1)原告は,平成14年8月13日,三田警察署に電話をかけ,応対した新山警部補は,原告から本件総会に関し三田警察署に申入れをしたい旨の電話があったので,同月16日午前10時30分に三田警察署を訪れるよう原告に 伝えた。

(2)原告は,平成14年8月16日午前10時35分ころ,他の2名の男性を伴い三田警察署を訪れ,新山警部補との面会を求めたところ,原告だけが同署2階の刑事課相談室に案内され,新山警部補と面談した。

 原告は,「申し入れ書」を読み上げ,沖電気の要請で本件総会に警察官を派遣したか,その理由は株主の安全確保か,何人かの株主が会社の警備員によって暴力的に排除された事実及び経過を認識しているか,株主が会社に暴力をふるったと認識しているか,会社の暴力による株主の排除を止めなかった理由は何か,来年以降も株主総会に警察官を派遣するのかについて質問した。
  新山警部補は,沖電気の要請がなければ株主総会には警官を派遣しない,警察官は幾つかの株主総会を掛け持っており,何もなさそうであれば移動するので,原告が会社警備員に退場させられた際,警察官が臨場していたか報告がないのでわからない,誰を派遣したかは分かっている,確認を取るなどと回答した。

(3)原告は,平成14年8月27日,三田警察署に電話をかけ,応対した新山警部補は,本件総会に臨場した警察官は他の株主総会の会場と掛け持ちで臨場警戒に当たっており,原告が退場させられた時には本件総会の会場にはいなかった旨回答した。原告は,新山警部補の回答に納得せず,本件総会に派遣された警察官の人数や,何時まで本件総会会場に臨場していたかなどを確 認したが,素直に答えず人数を知らせる必要性に疑問を述べたり,何時から18

 何時まで臨場していたかは調査していないなどと応じなかった。
(4)原告は,平成14年9月26日付け苦情申し出書を提出し,東京都公安委員会に対し,@本件総会当初は臨場した警察官が他社の株主総会に臨場するため移動したので,原告が退場させられた際,本件総会会場にいなかった旨の新山警部補の報告は事実か,A警察官が臨場していたのであれば,会社の暴力による株主の排除を止めなかった理由は何か等の確認,調査をしてほしい旨の苦情申立てを行った。

 公安員会は,平成14年10月4日,原告から苦情の申出を受理し,平成15年1月14日付けで,「田中様が申し出られた,自主警備員による株主総会からの退場措置には,刑罰法令に触れる違法な行為が認められなかったことから,臨場警戒中の警察官は,特別な措置を取らなかったものです」などとした苦情処理結果通知書を原告に郵送した。

ことが認められる。

ところで,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権 は,公務員の行為により私人の何らかの権利又は法的利益が侵害されたこと を1要件としており,単に公務員が職務上の法的義務に違反したことをもって直ちにそれが国家賠償法上1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない。しかるに,控訴人の主張によっても三田警察署員の不公正行為によっ て控訴人のいかなる権利又は法的利益が侵害されるかは,必ずしも明らかでないが,仮に,控訴人が主張するような不信感・絶望感といった感情をもって被侵害利益とするとしても,そうした感情は,直ちに控訴人の国家賠償法1条.1項の法的保護に値する権利又は利益の侵害に該当すると認めることはできないのである.これに加えて,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権は,損害の発生を1要件とするところ,上記認定によれば,

@控訴人は,東京都公安委員会に対して苦情申立てを行い,同委員会から一定の情報を得 ていること,

Aそのような情報は,開示の遅滞によって控訴人の経済的損害を発生させるような類の情報でない

ことなどにかんがみれば,控訴人に損害が発生したとも認められないのである。

3 東京都公安委員会の任務僻怠行為について

 原告は,東京都公安委員会が,三田警察署員の担当係官の市民に対する愚弄行為をそのまま是認し,放置し,公安委員会の職務を明らかに,かつ,完全に僻怠した旨主張している。
 しかしながら,国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときは,国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを定めるものであるところ,都道府県公安委員会は,都道府県の警察機関として,都道府県の区域における警察事務について,都道府県警察を管理する責任を負っているにすぎず,

そこでいう管理とは,個々の事務執行を含まず, 大綱方針を定めてこれによる事前事後の監督を行うことを意味するから,ここで都道府県公安委員会に認められた権限は,組織法上の権限のことであり, その管理においては,個々の警察官が個別の国民に対して実地において負担する職務上の法的義務の遂行に・関する直接の指揮監督までを含むものとは解されないのであり,その不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法上の評価を 受ける余地はないのである。

 以上の事実によれば,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。


2 控訴人の当審における新主張について


 控訴人は,当審において,新たに,東京都公安委員会が控訴人の苦情申出に対し新山警部補がした回答を指して「適切な説明であった」と通知したのを違法であると主張するので検討する。


 警察職員の職務執行については,苦情申出制度が認められ(警察法78条の2),同条2項は,

「都道府県公安委員会は,前項の申出があつたときは,法令又は条例の規定に基づきこれを誠実に処理し,処理の結果を文書により申出者に通知しなければならない。ただし,次に掲げる場合は,この限りでない。


一 申出が都道府県警察の事務の適正な遂行を妨げる目的で行われたと認められるとき.

二 申出者の所在が不明であるとき.三申出者が他の者と共同で苦情の申出を行つたと認められる場合において,当該他の者に当該苦情に係る処理の結果を通知したとき。」

と規定して,警察職員の職務執行について,都道府県公安委員会に対し,文書により苦情の申出をすることができることとなり,都道府県公安委員会は,このような苦情の申出があるときは,権利の濫用に当たる場合などを除き,誠実に処理し,その処理結果を文書により申出者に通知しなければならないのである.したがって,都道府県公安委員会は,苦情申出者に対し,苦情を誠実に処理すべき職務上の法的義務を負うものというべきであるが,これを本件についてみるのに,上記引用に係る原判決の認定によれば東京都公安委員会は,控訴人からの苦情申出を誠実に処理したというべきであって,そこに職務上の法的義務違反を認めることはできないのである。

したがって,控訴人の上記主張は,理由がない。

3 控訴人の当審における訴えの追加的変更について

 控訴人は,新たに,沖電気の談合行為を告発したのに,警察は進んで捜査をせず,放置したことを不法行為に当たると主張する。これは控訴審における訴えの追加的変更に当たるというべきであるが,被控訴人は異議なく応訴したので,先に進んで判断するに,告発については,刑訴法が,「何人でも,犯罪があると思料するときは,告発をすることができる。」(239条1項)と規定するところ,これは,告発人に自己の利益のため犯人の処罰を求める個人的権利を付与したものではなく,告発に係る犯罪の存否,犯人及び証拠について必要な捜査を促すという公益上の地位を付与したにすぎないのであって,そのような告発に対する不作為が直ちに告発人の国家賠償法1条1項の法的保護に値する権利又は利益に対する侵害を構成するとは認められないのである。したがって,控訴人の上記主張は,主張自体失当である.


 以上によれば,控訴人の本訴請求は,理由がなく,棄却すべきところ,これと同旨の原判決は,相当であり,本件控訴は,理由がないから,これを棄却し,また,当審において追加された控訴人の請求は,理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する.

東京高等裁判所第9民事部
裁判長裁判官          雛 形 要  松
裁判官              都  築   弘
裁判官              中  島   肇