闘いの哲学 実践編2003.11.24掲載開始


正しい攻めを続けると相手が隙を作る。

相手が強い場合、自分の攻撃が全く効果のないものに見える。しかし、それでも攻撃を続けることで相手が対応を誤り、弱点を作ることがある。

2002年の沖電気の株主総会において会社が私を暴力排除したことはその例である。

それまで、株主総会で17年に亘り、職場の人権侵害の事実を具体例を挙げて指摘し、理不尽な議事進行も批判を続けてきた。

毎回会社は「目的事項に合わないから答えない」としか答えない。それでも追及を続けた。

ついに2002年には「株主総会集中日に総会を開かないことについて採決を取って欲しい」と要求しているだけの私を暴力排除した。

これは会社が社会的に許されない事件を、自らの正当性を説明することが非常に困難な事件を起こしてしまったことになる。弱点、すなわち隙を会社自らが作ったのである。

そこで私はその弱点に対し、提訴、裁判闘争という、より強力な攻撃を仕掛けることができるのである。


小さな一匹の蜂の攻撃でライオンが崖から足を踏み外すようなものである。



選択肢に迷ったら困難な方を選ぶ。その方が良い結果が来る。

1980年の組合選挙に立候補するかどうか。すれば会社から何かされると分かっていた。

1981年転勤命令に従うかどうか。従わなければ解雇されることが分かっていた。

1993参議院選挙の立候補。当選の可能性はゼロだし、大変な労力が必要だった。

それぞれ、私の選択は正しかったと思う。逆を選んでいればその時は「楽」だったと思うが、必ず後悔したと思う。現在の私はなかった。

2003年2月、北海道池田町にライブで呼ばれた時、利別小学校の教員吉田さんから1年生の前でライブをやってもらえないかと言われた。

小学1年生に私のライブが通用するのか?。迷った。

自信は無かったが出来る限りの準備で臨んだ。

大成功だったと思う。

これが同年11月の青梅2中の障害児クラスのライブに繋がった。これからも学校関係から依頼が来ることが期待できる。

また「公立学校からも招かれる」という実績は、社会的に私の闘いが認知されているとして、裁判闘争の中でも裁判官への心証の面で有効に使える。



闘いのセンス


現在起きている事象の「意味」を認識できるか。

悲観的に見えることが実は自分に有利に働くことがある。

1980年の沖電気八王子工場の組合役員選挙で、立ち会い演説会の1000名もの聴衆が、会社側候補者の演説が終わると、会社を批判する候補者の演説を聴かずに一斉に立ち去る事件があった。私が立候補しそれを理由に解雇された選挙である。

 会社批判勢力の多くはこれを見て落胆した。私は逆に会社の理不尽を社会に示す、分かりやすい例だととらえた。会社を批判する自分の正しさに確信が持てた。自分の武器になると考えた。

今でも私のライブの度に企業ファシズムの実例としてこの話を必ずする。

株主総会暴力排除が起きたとき、ある支援者は私がたたき出されたのを見て落胆した。私は好機だととらえ、提訴で反撃した。

使わない武器は、ないのと同じである。

知識は武器である。情報は武器である。法律は武器である。

しかしこれらを知っているだけでは何の意味もない。

株主総会闘争では商法に基づいて総会の議事録を閲覧し、ほとんど内容のあることが書かれていないことを発見し、それを追及することが出来るようになった。

閲覧を理由に会社の中に堂々と入っていくことを実現した。(会社は憎い争議の相手を、お茶でもてなさなくてはならなくなる。)

商法には、株主は質問をする権利があり、会社はそれに答えねばならないと書かれている。議事運営権は議長が持っているから総会を混乱させるものは退場させることが出来るという判例もあるが、こちらは商法に基づき正当な主張をしているのだから、排除は許さないという確信を持つ。

警察法には警察官は誰にも公平でなければければならないと書かれているから会社の暴力排除を看過することは違法であるとの確信を持つ。

警察法78条の2の存在を知り、それを利用して公安委員会に苦情申立をすることで警察の嘘を暴き出すことに成功した。


違法交通取り決まりから自分を守った例

警察と闘う 私の経験


記録は武器である。

言うまでもなく、我々弱者が権力と闘うとき、記録は武器となる。敵はばれない嘘は平気でつく。(ときにはすぐばれる嘘でさえ)

何か「事件」があったとき、日時、場所、人物、事実を記録しておく。

交渉や闘争の現場での録音や撮影は非常に重要である。

相手の了承を得ないと録音してはいけないと思う人がいるが、自分の交渉を録音するのは第三者の会話を録音する「盗聴」ではない。いわば自己防衛である。

私は、配転攻撃を受けた後の会社との交渉は全て録音した。

株主総会も毎回録音している。

今回の警察との電話でのやりとりも録音したから事実関係でごまかされることはない。


闘わないことと、闘えないことは同じではない。

ここで「闘う」とは暴力を受けたときに、腕力で反撃することを言っている。

私は子どものころ喧嘩して相手を殴った経験がなかった。殴られて泣かされたことはあった。結果が予測できず怖ろしかった。

中学から始めた剣道は社会人になっても続けた。

肉体的苦痛に耐えながら闘争心を持続させることを学んだ。

町で不良に絡まれたりしたときは、状況判断をして、闘わない方を選択しなければならないことが多いと思う。

しかし、自分や一緒にいる誰かが無抵抗だと殺される状況に遭遇したとき、殺されることに甘んじるのではなく、(例え結果は殺されるとしても)反撃したいと思う。

それが出来るという自信が(動物的ではあるが、ある意味究極的な自信が)現実の闘争の中で、どんな時でも相手に屈しない精神を保つ。

株主総会で暴力排除を受けた。抵抗はしたが反撃はしなかった。刑事弾圧の理由を作るだけだからである。

反撃の能力が無いために暴力で会場からたたき出されたと感じたなら屈辱感があると思う。

反撃しようとすれば出来たけれど判断してそれをしなかったという思いがあったから、まったく精神に動揺がなかった。

老化と共に力は衰えるとしても、出来るだけの鍛錬は続けるべきだと思う。


怒りと憎しみは別のものである。

理不尽への怒りによる闘いは、人々の苦しみの元になるものを変えようとすることであり、自らを高め、自分も幸せであり得る。

憎しみや恨みによる行動は相手を不幸にしようとするものである。

これは一時的には力を持つが、やがて自分をも破滅させる。

沖電気に在籍中、私は茶道部創立にかかわった。剣道部の友人が茶道教室に通っており、私も彼について行ったことから茶道の先生に知り合い、三人で沖電気の中に茶道部を作ろうと言うことになった。私はマンドリンクラブの部長だったのでいそがしく、部長は友人が行い私は彼を手伝った。

しばらくは、お茶会を成功させたり、部員も増えたりで楽しい時期があったが、お茶の先生が茶道部の運営に自分の考えを押しつけるようになった。(具体的に何が起きたか忘れてしまった。今思うと些細なことだったかもしれない)

部の中で議論して決まったことを伝えても彼女(先生)は聞き入れない。部員が話し合いでものを決める民主的な運営自体を彼女は嫌った。

そこで私は家元の所に行った。

茶道は権威主義的なところがあり、彼女はとくにそれを振りかざすタイプだった。

私は家元に彼女の名前を明かさず、民主的な運営に対する考えだけを聞いた。家元は(男性だった)私の考えに同意した。

私が家元に会ったことは彼女の耳に入り、(家元に会うなど、特別に選ばれた人だけが出来ることで「普通の人」にはかなわぬことだと彼女はよく言っていた)怒った彼女は私を破門すると言った。

私は、自分がしたことは間違っていないと思う。破門されるならそれもしかたないと言った。

結婚前の私の妻も彼女の門下生だった。彼女は私達がつきあっていることを知っていた。問われた妻は自分は茶を続けると答えたが、結局教室には足がとおのいた。

それから1年して私達は結婚した。そのころ職場で行ったマンドリンクラブのコンサートに彼女はお祝いを持ってやってきた。自分が大人げなかったと彼女は謝り、和解した。

 私は彼女の行動を理不尽だと思い、それを正した。怒ったけれど彼女を憎まなかった。それを彼女は最後に理解したのだと思う。


敵は少ない方がよい。味方は多い方がよい。

情けは人のためならず。

私は1999年から英会話教室に通い始めた。「クラブ」という決められた時間に先生が待っていて、集まった生徒とおしゃべりを楽しむというシステムがあった。1時間700円という安さ。常連になった。

 ある時、先生が喉が痛いと言った。ナンシーというアメリカ人女性だった。ネイティブアメリカンとメキシカンの混血で人種差別を経験しており、私の闘いに共感を示した。

私はうがい薬を買ってきて彼女に使い方を説明して渡した。外国人は日本の薬を知らないことが多い。

しばらくして彼女の家のパーティーに呼ばれた。妻も教室の生徒だった。外国人の家庭に招かれるのははじめてだった。

妻の会話の力は私より低く、入会後半年ほどで教室を止めると言い出したが、私はあと半年続けてから決めるよう言ったところだった。

妻とナンシーは親しくなりナンシーの夫も交えて家族ぐるみの交際が始まった。

一年ほどでナンシー達はアメリカに帰ったが、その後任のカナダ人女性、アメリカ人女性とも親しくなり今も家族で交際している。

これにより、私も妻も英会話の力を向上させることが出来た。

ホームページの翻訳や、英語でのライブの原稿、歌詞の翻訳を手伝ってもらった。

また日本に来ている欧米人が非常に民主的な考えを持っていることも分かった。

これらの繋がりの延長に2003年7月のサンフランシスコでのライブの成功がある。

また、ホームページを経てオーストラリアの労働運動家からアクセスがあり、私の紹介が彼らのサイトでされることも起きた。

誰かに親切にすることは、期待しなくてもいつか自分に返ってくる。闘いの力になることがある。


相手が強いから負けることと、自分が弱いから負けることは同じではない。

これは私が剣道と囲碁から学んだことである。

剣道は上達してくると構えただけで相手の強さがだいたい分かるようになる。強い相手との試合の際、お互いの攻撃が可能な距離(「間合い」という)に近づくと、攻撃しないと相手から攻撃されて負けるという恐怖心が起こる。

恐怖心に負けて相手の隙が見えてないのに全面的な攻撃を仕掛けるとその瞬間に負ける。強い相手はそれを待っており、その時生じる隙を見逃さない。恐怖に耐えられず、無理な攻撃をしかけ、自分から負けに行ったことになる。

相手が強いからではなく、自分の精神的な弱さによって負けたのである。

負けない為には攻撃を回避出来る距離を保って動き、相手に隙を作り、弱点を探す努力をしなければならない。

すなわち理にかなった攻撃が出来る機会を待ち、機会を作る努力をしなければならないのである。

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囲碁は相手より1目でも良いから地を多く取れば(陣地を確保すれば)勝ちだというゲーム、もちろんかわりばんこに石を打つ。一度に1手しか打てない。

 この闘いは形勢の判断が重要である。現在、相手より多くの陣地を確保しているのか少ないのか。

また攻撃されて相手に取られてしまう可能性のある弱い部分があるのかどうか。

良い手が思い浮かばなければ、地味でも、当面の利益が少なく見えても、考えられる最善の手を我慢して打たねばならない。

負けるケースは、

自分の弱点を見極めず(多分だいじょうぶだろうという楽観的、希望的観測で)利益を確保しようとして欲張って陣地を取ろうとする。

リードしているのに負けていると思い込んで、無理な攻撃をしかけ弱点を作る。

そのために相手にその弱点を攻撃され負ける。

いずれも、力量の差ではなく、自らの非によって負けるケースである。

勝つためには、相手にリードされていても我慢して弱点を補強する為に1手を費やす精神力が要求される。

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自分の攻撃に相手がどのような反撃をする可能性があるか、それにどう対応するかを予測せずに攻撃することで自滅するケースは剣道にも囲碁にもある。

無理、すなわち理にかなわない攻撃は負けの原因になる。

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しかし、剣道も囲碁も相手が隙を見せたとき、弱点をさらした瞬間には躊躇せずに攻撃しなければならない。

時期を逸すると相手は体勢を立て直す。その瞬間には有効でも、後からだと攻撃の効果が無くなる場合がある。

守っているだけでは勝てない。

攻撃決断の瞬間は最も大切である。

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これらと類似したことが現実の闘争、生活の中で起きる。

「敵の方を向いて闘う」

もちろん自らの闘う力を強めるために支援を募ることは大切である。

しかし、相手がいる闘いなのに味方の方ばかり向いていては勝てない。敵に向かって闘う姿勢を示してこそ支援も得られる。

たとえば敵に直接抗議するのではない「抗議集会」を開いて闘った気になっているのでは勝てない。

その集会で闘う意志を高め、それぞれがその後敵に向かうのか、集会目的を社会に知らしめるのか、新たな仲間をその集会を通じて獲得するのか、目的が無ければならない。

単に仲間内で集まるだけの集会はさけなければならない。

以下準備中


武器を認識する。


敵も人なり我も人なり。

敵に化け物はいない。自分も化け物ではない。




相手の非を見抜き、咎める。

誰かが同意してくれるのを待つな。
勝負の時は命をかける。参議院選挙。
今回の提訴。


正しい構えを保つと機会は向こうから来る。

マスコミの取材。亀井のアクセス。

攻め時を逸するな。チャンスを生かす。